北の国からの遺言全文 ドラマで五郎さんが語った感動のセリフ

拾って来た家 エンタメ

日本のテレビドラマシリーズ『北の国から』
1981年から2002年まで放送されたその作品に魅了される人は後をたちません。

大人気シリーズの最終章となった 北の国から2002遺言
その中で、黒板五郎さんが我が子に遺した【遺言】全文をさっそく見てみましょう!

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北の国からの遺言全文

遺言

純、蛍  俺にはお前らに遺してやるものが何もない。
でも、お前らには、うまくいえんが、遺すべきものはもう遺した氣がする。
金や品物は何も遺せんが、遺すべきものは伝えた氣がする。
正吉や結ちゃんにはお前らから伝えてくれ

俺が死んだ後の麓郷はどんなか。きっとなんにも変わらないだろうな。
いつものように、春、雪が溶け、夏、花が咲いて畑に人が出る。
いつものように白井の親方が夜遅くまでトラクターを動かし、いつものように出面さんが働く、きっと以前と同じなんだろうな。
オオハンゴンソウの黄色の向こうに、雪子おばさんやすみえちゃんの家があって。もしもお前らがその周辺に“拾って来た家”を建ててくれると嬉しい。拾って来た町が本当に出来る。
アスファルトの屑を敷きつめた広場で快や孫たちが遊んでたらうれしい。

金なんか望むな。倖せだけを見ろ。
ここには何もないが自然だけはある。自然はお前らを死なない程度には充分毎年喰わしてくれる。
自然から頂戴しろ。そして謙虚に、つつましく生きろ。それが父さんの、お前らへの遺言だ

黒板 五郎

引用:北の国から 2002遺言

ドラマ北の国から 五郎さんの遺言から感じること

五郎さんが純と蛍に遺したかったもの、それはものではなく価値観でした。
言葉だけでは伝わりきるこが不可能であろう
自然と共に慎ましく生きる
そして
そのことに倖せを見出すことができる人間であれ

純と蛍がまだ幼い頃から富良野に移り住み
日々の生活を通してずっと伝え続けていたこと。

五郎さんの生き方そのものを体現したメッセージが
遺言という形となって初めて具体的に言葉に記されました。

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北の国から 五郎さんのセリフは名言だらけ

1981年から連続テレビドラマとしてスタートした「北の国から」
その中で、五郎さんは数々の名言を残しています。

「いずれ、あいつらが大人になったら
いや、二年でもいい、一年でもいい
時期が来たらあいつらに自分の道は自分で選ばせたい。
ただ、その前にオレは、あいつらにきちんとこういう暮らし方も体験させたい。
東京と違うここの暮らしをだ。
それは、ためになるとオレは思ってる」

引用:1982年 北の国から 第九話

幼い純や蛍を富良野に連れてきた時、五郎さんはこんな風に考えていたのです。
まさに、五郎さんの言う遺すべきものを伝えていく始まりでした。

2002年の「遺言」を最後に、北の国からのテレビドラマシリーズは幕を閉じました。
ドラマシリーズ終了後も北の国からにハマる人が後を絶たないのは、今の時代に欠けている大切なものを伝えてくれる物語だからではないでしょうか。

モノが溢れかえる時代、便利な時代であっても
その便利さだけに依存する生き方は危険で
お金だけあればいいのか、というと必ずしもそうではなく
生きるための知恵をしぼることができる人の強さを体現してくれていました。

電気がない、水がない(は、極端すぎるかもしれませんが)
そんな時に慌てふためくのではなく「じゃあどうする?」と考えられる人間であること

五郎さんの人生論や、純と蛍の成長を目の当たりにして何を感じ、何を学びましたか?
そして、あなたの生活にどう取り入れられていくのでしょうか。

北の国からのドラマを通して、何を学び活かすのか。
それは、あなた次第です。

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